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2021年4月18日日曜日

73番札所 出釈迦寺

出釈迦寺 階段を登ると
癒しスポット 期間限定 花手水
足元には紫陽花
香川県本日で終了 様子みながら高知出発します

72番札所 曼茶羅寺

 花手水 癒される
うさぎ寺 もちろんナデナデ 願い叶いますように

2020年7月19日日曜日

第20番札所 鶴林寺

この雄雌の白鶴の伝説から、寺号が鶴林寺と命名されたのである
雄雌の白鶴に守られた伝統の寺
鶴林寺

コケコケした大きな木上まで見上げてもコケコケ
梅雨の合間の参拝だったので紫陽花もも咲いていておすすめの時期かと
 

2020年2月15日土曜日

第66番札所 雲辺寺


第66番札所 雲辺寺
県境
到着
ここが見どころ
でも座る所を間違えてますが「おたのみなす」にしっかりと願い事貼り付けましたよ
雲海


様々な表情をした五百羅漢像

ロープーウェイ一番乗りでしたよ

 

2019年12月1日日曜日

弥谷寺 第71番札所

 

 
石段、また石段が続く 霊気漂う門構え

弥谷寺

 

↑苔むした 石段から見上げた多宝塔


紅葉も楽しめます

 

ここが見どころ↑
弥谷寺にはこうした岩壁に浮き
彫りにされている磨崖仏が数多くある

2012年10月12日金曜日

高野山続き・・・お次は奥の院・・弘法大師様に・・・

まず奥の院まで向かう途中に目を引くのがこういったお墓です。ここにはいろいろ個人様のお墓もありますが、いろんな会社のお墓が並んでいました。なぜ会社でお墓を作るんだろう?この日もどちらかの会社の方が、テントを張っていました。
家を建てるときに建前とか言いますよね?お墓とかはなんていうんでしょう?やっぱり"お墓の建前"っていうんでしょうか?もしこのページをご覧になった方でご存知の方いらっしゃいましたら教えて下さい。スーツを着た方々が何人も並んでらして・・・・なんとも不思議な光景でした

このお墓変わってますでしょう?というかかわいいぃぃぃ
お墓をかわいい❤というのもおかしいですが・・・・・
もれは見ての通りコーヒー会社さんのお墓でした。
真ん中に石畳がありましてその両脇はお墓ばかり・・・



 そしてお墓を抜けると大きな杉木立がそびえ立つ森へと入っていきます。この森の中にも歩道の両脇、いえいえ!この森全体が各地のその時代時代の藩主だったり、お大名だったり、何か功績を残された方々のお墓がズラ~リと鎮座しております。森の中は大木で日が遮られているせいか・・・ヒンヤリと・・・・

ここでこのページをご覧頂いている方へご忠告!!!!!!参道脇にはもちろんですが、参道から奥まった所にも墓石等はたくさん鎮座しています。気になるお墓があるからと奥へと入っていきますと・・・・大変な事が起こるかも???? 例えば、鳥にフンを落とされたり・・・・私落とされてしまいましたぁぁぁ
頭のちょうどてっぺんです。自分の頭の上は見えないので、ふき取ることもままならず・・・(苦笑)
落としきるのに一苦労しました。しかし!ここはポジティブに!お大師様に会いに来て「運(ウン)」がついた!と考えることで納得・・・・皆様はご注意あれ(^^)v
森を抜けますとここは納経所です。この建物内には少し休憩できる
お茶所のような場所もありますので、広い境内を歩き疲れたら
一息どうぞ・・・
納経所から十数メートルの所にこの小さな橋がありまして、この橋を渡り奥の方に見えますのが、「奥の院」、高野山の信仰の中心であり、弘法大師さまが御入定されている聖地です。正式には一の橋から参拝します。一の橋から御廟まで約2キロメートルの道のりには、おおよそ20万基を超える諸大名の墓石や、祈念碑、慰霊碑の数々が樹齢千年を超える杉木立の中に立ち並んでいます。
この橋を「御廟橋」と言います。
これより先は写真撮影禁止となっております。


← 散策中四国四県 愛媛の方のお墓を発見!徳島県のものは見つけられませんでした(><)
賤ヶ岳七本鎗の一人、加藤嘉明は関ヶ原で東軍について功をあげ、伊予10万石から倍増、伊予半国22万石を得、それを期に、松山に築城。





こちらは織田信長公のお墓です。
歴史上では超有名な人物なのに・・・
徳川家の霊台を見た後に、このお墓を
見ると・・・・なんだか淋しい感じが・・・・


こちらが豊臣家の眠るお墓です。
きちんと囲いをしてあって・・・広い敷地でした。
豊臣家のお墓への登り口
ここに来れば昔の超有名人に会えます。ただし心での会話になりますが・・・・・




奥の院への入口から反対方向へ歩くこと・・・・200m少々。こちらも大きな杉の木と諸大名のお墓等々を脇に見ながら進みますと・・・・汗かき地蔵尊というのだそうです。お堂の中には汗かき地蔵尊がまつられています。また、その傍らには、水面に自らの影が映らなければ3年の命であるという「姿見の井戸」があります。 ここで不思議に思うのは、井戸ってみんな自分の姿が映らなければ3年以内に・・とか3年の命とか・・・「3」という数字はどこから出てくるのでしょう???
汗かき地蔵尊は、常に人々の犯した罪に苦しみ、その苦しみを慈悲によって代わって受けて、それで汗を流しておられるのだそうです。黒っぽい石材に地蔵尊が半肉彫りされていて、実際にツユが吹いて、汗が流れているように見える時があるようです。

さて長々とお付き合いいただきましたが、生まれて初めて経験しました、四国八十八か所巡り。それもいきなりの「逆打ち」からという無謀さ・・・・お大師様もあきれてしまったのではないかと・・・・
ブログっというより思い出日記みたいになりましたが・・・・参考になって頂けましたのでしょうか?これを機にちょっと廻ってみようかしら?なぁ~んて思った、貴方!貴女!是非ご連絡をお待ちしております。弊社にはベテランドライバーもおりますので何なりとご相談下さいv(^^)v
しかし高野山は広い!私はこの奥の院と金剛峰寺しかまわりませんでしたが、他にも「御影堂」「多宝塔」「不動堂」とお参りして回る所は多々あります。もしかしたら1日位ではまわりきれないのかもしれません。今度ゆっくりとまわってみたいなぁと思っております。
ありがとうございました。

2012年10月11日木曜日

総仕上げの高野山へ


御礼参りも無事終了しさて残すは・・・高野山へ
お大師様のいらっしゃる所へ・・・まいります。7/21(土) 午前5:40発の南海フェリーへ乗船するため4時起きでございます(ふぁ~ねむっ!)その眠い目をこすりこすり支度を整え、いざ出発!!船を待つ間にポツポツと雨が・・・・・「あれれぇぇぇ↗あめぇ↗???」と不安を抱きつつ乗船・・・約2時間船に揺られながら・・が!8時過ぎ和歌山港に着く頃には快晴!下船し「よしよしやっぱり日頃の行いがイイからだ❤」なんてニヤニヤしながら約2時間弱、距離にして60㌔位かな?走りますと高野山へ入山・・・
見えてまいりますのがこの一際“デカイ!”朱色の大門
とここではうたいますが・・・実はここ帰り際に気づきました
(><)こんなに大きな建物なのに金剛峰寺に行く途中は
全く気付いてなかったんです。恥ずかしながら・・・・・
ちょうど大きな三叉路の曲がり角に建てられております。
ここが金剛峰寺山門
私が駐車した駐車場からはそんなに離れてはいなかったのですが
ここは本当~~~に広い!駐車場によっては大分歩かないと
いけないところでもあります。


境内から見た山門です
このお寺の場所は真然大徳(しんぜんだいとく)のご住坊があった所で、天承元年(1131年)10月17日には覺鑁(かくばん)上人が鳥羽上皇の勅許を得て小伝法院を建立され、その後の文禄2年(1593年)には豊臣秀吉公が亡き母堂の菩提を弔うため、木食応其上人(もくじきおうごしょうにん)に命じて建立されました。当時は、秀吉公の母堂の剃髪が納められたため、剃髪寺と名付けられたそうですが、のちにその名を青厳寺(せいがんじ)と呼び、応其上人の住坊となりました。その後は法印御房の住坊となり栄華を誇りましたが、再三の火災によって焼失し、現在の本殿は文久3年(1863年)に再建されました。
 私歴史にも弘法大師様にも詳しくはありませんが・・・昔の方は〇〇上人だとか上皇だとか・・・・
言い回しが難しいぃぃぃ~(><)(><)(><)

こちらが金剛峰寺 本堂というのでしょうか



金剛峰寺 全貌 と言いましてもあくまで本堂敷地内だけです。これでも全体を撮りたくて隅の方へ
よってよってして撮影しました。でも右の方が切れてしまっています(TT)
納経所の奥が拝観できるようになってます。  
東西30間(約60メートル)、南北約70メートルの主殿(しゅでん 本坊ともいう。重要文化財)をはじめ、座主居間、奥殿、別殿、新別殿、書院、新書院、経蔵、鐘楼、真然堂、護摩堂、阿字観道場、茶室等の建物を備え、寺内(じない)には狩野派の襖絵や石庭などが設けられ、境内総坪数48,295坪の広さだそうです。ここは“本堂”ではなく“主殿”っていうんですね~
ちなみに寺内も拝観できます。私も拝観させて頂きました。その風景が上の左側の写真です(無料のお茶とお菓子のサービスもあります(^^)v)

手入れの行き届いた立派なお庭です。粛々とした感じがなんとなく心の落ち着きみたいなものを
与えてくれるようでした・・・・・ただ人が・・・たくさんいて浸っている時間はありませんでしたが・・・・
 
こちらの山門からでて歩くこと10分位でしょうか
この大木が見えてきたらそこは・・・・あの・・・あの超有名な徳川家のお墓があります。






この大木の左側の脇道へ入っていきますと・・・

 下に写っております階段が見えてまいります。階段を登りますとお墓が・・・・

あっ!階段登る前に確か入場料が必要だったと思うのでお買い求めください(^^)/

階段を登り切りますとお墓かと思いきや!私が想像しておりました、世間一般のお墓ではありませんで・・・・建物なんです。それも二棟ならんで立っております。
← この左側が家康公の霊屋
こちらは徳川二代将軍秀忠の霊屋


どちらも見事な建屋と言いましょうか・・・・・この中には一体どんなものが入っているのか?興味のある所ではありますが・・・・・
さすがは徳川家だなぁ・・・・感心しつつ・・・
まだ奥の院があるのですが奥の院は次回アップする分で掲載してまいります。